ヘリテージ~受け継ぐべきもの

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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

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写真AC様より使わせていただきました

首里城歓会門と守礼門との間にあり、国王が各地を巡航する旅に出る際必ず拝礼した場所であり、また聞得大君(きこえおおきみ)の最高神女(のろ)即位式の時も、まず最初に拝礼したといわれ、いわば国家の聖地で、形は門になっていますが人が通る門ではなく、いわば神への「礼拝の門」ともいうべき場所です。八重山の竹富島出身の西塘(にしとう)という役人が築造したものと伝えられています。中央に掲げられている扁額から第二尚氏王統の尚真王の時代、1519 年に築造されたことが分かります。

扁額には「首里の王おぎやかもいがなし御代にたて申候、正徳十四年己卯十一月二十八日」と書かれています。このおぎやかもいというのが尚真王の神号*1です。

1933年1月23日旧国宝に指定されましたが、沖縄戦の戦禍によって王城などとともに一部が破壊し、指定解除されました。その後、1957年に復元され、さらにその後解体修理し1986年に完成しました。園比屋武御嶽石門は1972年にあらためて国の重要文化財に指定され、2000年11月首里城跡などとともに、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産(文化遺産)にも登録されました。

施設情報

【住所】
〒903-0816 沖縄県那覇市首里真和志1-7 付近 首里城公園内
【TEL】】
098-917-3501
【営業時間】
24時間見学可能
【料金】
入場無料

園比屋武御嶽石門の構造

日本と中国の木造建築に見られる様式をすべて石造り(琉球石灰岩)で表現しています。軒は石造りながら垂木を張り出し、屋根は木造板葺きを表しています。屋根の両妻から軒先までは日本の寺院に良く見かける曲線を持つ和風、棟飾りは火焔宝珠(かえんほうじゅ)やシャチをかたどった鴟尾(しび)が配されるなど中国的要素も兼ね備ええています。アーチ門も一見すると石をかみ合わせた構造に見えますが、石の弓型状に削った手の込んだものです。さらに、両側の石しょうが中央に向かってすぼまり、床は中央で盛り上がって、目の錯覚を利用した遠近法が用いられています。

王統ゆかりの神を祀る森

石門の背後には自然に生まれた、御嶽(うたき)と呼ばれる聖地が広がります。琉球の祈りのかたちは、日本とは違い、人々にとって神聖な場所は寺や神社ではなく、石や木に宿るとされます。この御嶽には、王家ゆかりの島である伊平屋島の神「田の上のソノヒヤブ」を分霊してまつっています。人々は石門ではなくこの御嶽に祈りを捧げています。

 

 

 

 

*1:王に即位するときに神女から神の託宣として授けられる名前の事