ヘリテージ~受け継ぐべきもの

将来に遺したい日本の宝について

鑑真和上のお寺、天平建築「唐招提寺」~世界遺産「古都奈良の文化財」

唐招提寺について

唐の高僧鑑真和上が来日し、正しい戒律を学ぶ道場として759年に創建。以後大火などに見舞われることなく貴重な奈良時代の建物が4棟も現存しています。また、国宝や重要文化財などの仏像も多数残っており、境内には凛とした空気が漂っているようです。

 住所
〒630-8032 奈良市五条町13-46
電話番号
0742-33-7900
ファックス番号
0742-33-5266

唐招提寺の拝観について

拝観時間
8:30~17:00(受付は16:30まで)
拝観料
大人・大学生 600円/高校生 400円/中学生 400円/小学生 200円
国宝 鑑真和上坐像特別公開(別途) 大人・大学生 500円/高校生 400円/中学生 400円/小学生 300円
新宝蔵(別途) 大人・大学生 200円/高校生 100円/中学生 100円/小学生 100円
秘宝開帳は6月5~7日(鑑真和上坐像-新宝蔵)8月23・24日(地蔵菩薩立像-地蔵堂)10月21~23日(金亀舎利塔・釈迦如来立像-礼堂)となっています。
駐車場
バス 2200円/マイクロバス 2000円/回送バス 1000円/乗用車 500円/二輪車 100円

唐招提寺の見どころ

4月下旬から5月上旬は瓊花(けいか)が白い花を咲かせます。瓊花は鑑真和上の故郷中国・揚州の花で、開花期の特別公開される御影堂供華園で見ることができます。5月中旬から6月上旬はカキツバタが戒壇の東側の塀に沿う池で花を咲かせます。6月下旬から8月上旬には蓮が境内の随所で見られます。境内を彩る季節の花も見どころの一つです。

唐招提寺講堂

平城京の東朝集殿を移築して、仏殿に改めたもので、奈良時代の宮殿建築の唯一の遺構です。鎌倉時代につくられた本尊弥勒如来坐像(重要文化財)ほか、多数の仏像が安置されています。

唐招提寺金堂

鑑真没後の8世紀後半に弟子によって建立されました。現存する奈良時代の建物の中では最大で当時の本格的な金堂のただ一つの遺構です。堂内に並ぶ本尊・盧舎那仏坐像、薬師如来立像、千手観音立像はいずれも国宝に指定されています。また、金堂の鴟尾(しび)は井上靖の小説にちなみ「天平の甍」として親しまれています。現在の鴟尾は平成の大修理の際に新しくしたもので、創建当初のものは新宝蔵に展示されています。

唐招提寺開山堂

江戸時代前期、徳川家歴代の御霊殿として建立され、その後1881年に移築され、1963年まで鑑真大和上の尊像が安置されていました。国宝の和上像が御影堂へ移されたのち、覚盛上人・聖武天皇・徳川家康の坐像を安置した本願殿として参拝されていましたが、御堂の老朽化をうけて改修工事を行い、2013年、「鑑真和上御身代わり像(おみがわりぞう)」がつくられ、正面のガラス戸越しに安置されました。鑑真和上御身代わり像は、鑑真和上坐像を忠実に再現されていて、いつでも拝観することができます。

鑑真和上開山御廟

境内の北東の奥まった静かな場所に位置する鑑真和上のお墓は、緑に包まれた円形土壇上に宝篋印塔(ほうきょういんとう)が立っています。

新宝蔵

寺宝の収蔵展示館です。木造大日如来坐像(重文)のほか、旧講堂木彫群と呼ばれる、奈良時代末期に制作された多数の木彫像が収められています。

戒壇

金堂の西側にある戒壇は、正式な僧となるための儀式である「授戒」が行われる場所です。創建時に築かれたとされていますが、中世に廃され、その復興されたものは火災により焼失し、現在はもとからの3段の石壇のみが残り、その上に1978年にインド・サンチーの古塔を模した宝塔が築かれました。

御影堂

境内の北側に位置する土塀に囲まれた建物で、元は興福寺の別当坊だった一乗院宸殿の遺構で、明治以降は県庁や奈良地方裁判所の庁舎として使われたものを1964年移築復元したものです。東山魁夷画伯が描かれた、鑑真和上坐像厨子扉絵、ふすま絵、障壁画が収められています。※平成大修理事業のため、2022年3月までは拝観できません。修理中は、鑑真和上坐像は新宝蔵に遷座されています。

唐招提寺の行事

御影堂供華園特別開園

「瓊花(けいか)」の見頃に合わせ、御影堂供華園が特別開園されます。
日 時:毎年4月中旬~5月上旬 9時~16時 ※花の状態によって、期間を決めています。
場 所:御影堂供華園

うちわまき

鎌倉時代に戒律復興運動を推進した指導者の一人で、鑑真和上が伝えた戒律を厳守する生活を送られた、唐招提寺中興の祖・大悲菩薩覚盛(だいひぼさつ・かくじょう)上人の命日に執り行われる中興忌梵網会(ちゅうこうきぼんもうえ)の法要の後、舎利殿(鼓楼)から数百本のうちわがまかれます。(うちわまき参加券は当日配布します。参加券の代わりとして抽選券も配布します。)うちわを授かることは、病魔退散や魔除けのご利益があるといわれています。
日 時:毎年5月19日 15時~
場 所:舎利殿(鼓楼)

鑑真和上坐像特別公開

開祖・鑑真大和上を偲び、国宝鑑真和上坐像を収めた厨子の扉が開山忌にあわせて特別に開かれ、拝観することができます。

日 時:毎年6月5日~6月7日 9:00~16:00
場 所:※平成大修理のため、数年間は新宝蔵にて開扉します。
拝観料: 特別拝観料 大人500円 中高生400円 小学生300円
(上記以外に通常の拝観料が必要:大人600円 中高生400円 小学生200円)

金亀舎利塔・釈迦如来立像特別公開

釈迦念仏会にあわせて、鑑真大和上請来の「如来舎利三千粒」を収める国宝・金亀舎利塔と重要文化財・釈迦如来立像が特別に公開されます。
日 時:毎年10月21日~23日 9時~16時
場 所:礼堂

大晦日

唐招提寺では、23時頃から南大門で番号札を108枚、先着順に配布し、23時40分から除夜の鐘を撞きます。(拝観無料)
日 時:毎年 12月31日 23時40分~
場 所:鐘楼

鑑真

唐の有名な高僧で、中国・揚州で律を論じていました。聖武天皇に招かれ来日を決意。海難などで渡航に5度失敗し、その間に失明、753年鑑真65歳の時来日を果たし、多くの人に授戒を行いました。中でも、聖武天皇、光明皇后は東大寺で鑑真より受戒され、日本で初めて受戒制度が生まれています。

写経や講話が魅力「薬師寺」~世界遺産「古都奈良の文化財」

薬師寺について

薬師寺は680年に天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気快復を祈り建立を発願したのが始まりです。飛鳥の地に創建されましたが、平常遷都に伴い現在の場所に移りました。数々の天災・人災により東塔を除く全ての建物を火災により失いましたが、1968年からお写経勧進による白鳳伽藍復興が始まり、西塔、中門、回廊、大講堂、食堂と白鳳伽藍の主要な堂塔は復興されつつあります。そのため奈良の他の大寺と異なり、堂塔の多くは色鮮やかで、僧侶の法話やお写経はユニークで薬師寺の名物の一つとなっています。

薬師寺拝観について

拝観料については期間により異なり、特別共通割引券もあります。また、障がい者割引や奈良市の「ななまるカード」奈良市の「老春手帳」をお持ちの方は料金が異なります。詳しくは公式サイトで確認することをお勧めします。

住所
〒630-8563 奈良県奈良市西ノ京町457
TEL/FAX
 0742-33-6001/0742-33-6004
拝観料
大人 個人800円(1,100円) 団体(25名以上)720円(1,000円)
中高生 個人500円(700円) 団体(25名以上)450円(630円)
小学生 個人200円(300円) 団体(25名以上)180円(230円)
お正月1/1~1/8 春期3/1~6/30お盆8/13~8/15秋期9/16~11/30は()の料金となります。また、お正月1/1~1/8は西塔初層内陣・食堂内陣特別公開は別途500円かかります。
時間
午前8時30分~午後5時(受付は午後4時30分まで)

薬師寺 見どころ

薬師寺への参拝の際は「まずご鎮守様である休ケ丘八幡宮に詣でて身を清めてから参拝する」という作法が伝えられています。休ヶ岡八幡宮から南門、そして中門をくぐり、金堂(西塔・東塔→修理中2020年4月完成予定 含む)で「薬師三尊像」(国宝)を見て、金堂の東側の東院堂で「聖観世音菩薩像」、そして大講堂へ。その後食堂・玄奘三蔵院伽藍・お写経道場など見て回ると良いでしょう。美しい仏像と鮮やかな伽藍に目を奪われることでしょう。

金堂

昭和に始められた伽藍復興で、最初に(1976年)完成しました。龍宮造りの建物で二重(二階建て)の建物の各層に裳階(雨風から壁面や大屋根軒裏を守るための庇状の飾り屋根)があり、一見4階建てに見えます。二層目には納経されたお写経を納める納経蔵があります。

薬師三尊像

脇侍に日光菩薩・月光菩薩を従えた薬師如来像で、造立当初は鍍金が施され、黄金に輝いていましたが、過去の火災により金属肌が露出し、黒く輝いています。写実性の中に気品があり、理想的に人体が表現されています。また、薬師如来像の台座にはシルクロード諸国の文様が浮き彫りされ、東西の国際交流が分かる台座は、薬師寺にしか存在しません。東僧坊に展示されているレプリカを見るとよくわかるでしょう。

東塔

薬師寺は度重なる天災人災により数多くのお堂を失いましたが、その中で創建当初から唯一現存する建物が東塔です。2009年より史上初の全面解体修理に着手し、2020年4月に完成する予定です。

西塔

1981年に復興の三重塔ですが、各層に裳階を付けているため六重塔に見えます。各層に採光、通風、防犯を目的とした連子窓があります。

東院堂

奈良時代に元明天王の冥福を祈って建立されました。現在の建物は鎌倉時代の和様仏堂のもので鮮やかな堂塔が多い中、落ち着いた佇まいを見せています。

聖観世音菩薩像
東院堂の本尊で、白鳳彫刻の代表作として知られ、若々しい表情としなやかな肢体と均整のとれた体型が特徴です。衣の裾から脚が透けているように見える技法は古代インドのグプタ様式の影響を受けたものだという事です。

大講堂

2003年の復興、薬師寺で最大の建物で、本尊は弥勒三尊像です。他に日本最古の仏足石、仏足跡歌碑、平成に奉納された釈迦十大弟子像などが安置されています。
講堂前に特設会場を設けてコンサートが開催されることもあるようです。

食堂

2017年5月復興、田渕俊夫画伯が描いた本尊「阿弥陀三尊浄土図」を中心に、全長50メートルにわたる壁画「仏教伝来の道と薬師寺」が祀られています。
※伽藍の公開はお正月1/1~1/8、春期3/1~6/30、お盆8/13~8/15、秋期9/16~11/30です。

玄奘三蔵院伽藍

薬師寺の宗派である法相宗の祖で、「西遊記」のモデルとなった玄奘三蔵の遺徳を偲ぶために1991年に造営されました。中心の玄奘塔に玄奘三蔵の遺骨(中国南京で玄奘三蔵の頭部の骨が発見。全日本仏教会に分骨され、さいたま市の慈恩寺に奉安。その遺骨をさらに分骨されました)と像を祀り、背後の大唐西域壁殿には、平山郁夫画伯がシルクロードを描いた大作が安置されています。

薬師寺 法話

薬師寺では修学旅行等、学校団体ごとに30分程度の法話を聞くことができます。修学旅行などで薬師寺に行ったことのある人は住職さんのお話がおもしろかったお寺として記憶に残っているのではないでしょうか。実は学校団体以外でも法話は聞くことができます。薬師寺では毎月5日、玄奘縁日の日に午後1時からの玄奘縁日法要の後、午後2時から法話が聞けます。また、毎月8日、薬師縁日の日に、午前11時の大般若経転読法要の後、午後1時から法話を聞くことができます。

薬師寺 写経

1968年から始まった白鳳伽藍復興のためのお写経勧進ですが、ただ寄付を募るだけではなく日本人の美しい心の結晶として、白鳳伽藍復興を続けています。

お写経道場
事前申込不要で、宗教・宗派を問わず、毛筆もしくは鉛筆で、お手本に用紙を重ね、お手本の文字をなぞります。

時間
午前8時30分~午後5時
年中無休
場所
薬師寺境内
写経の種類
般若心経: 2,000円/1巻
薬師経:4,000円/1巻
唯識三十頌:5,000円/1巻
東塔大修理特別写経(全10組20巻):10,000円/1組(2巻)

薬師寺東京別院

〒141-0022 東京都品川区東五反田5丁目15番17号

TEL 03-3443-1620 / FAX 03-3449-5963
薬師寺には東京別院があり、法話を聞くことができ、写経道場もあります。

 

日本最古の瓦が残る「元興寺」~世界遺産「古都奈良の文化財」

元興寺

前身は、蘇我馬子が飛鳥に建立した日本初の本格的寺院・法隆寺です。平常遷都に伴い718年に現在地に新築移転されたのが元興寺です。世界文化遺産には史跡元興寺極楽坊境内という狭い空間の、旧僧坊遺構である国宝極楽堂(極楽坊本堂)と国宝禅室(極楽坊禅室)が登録され、他に五重小塔など貴重な寺宝が伝わっています。

元興寺の拝観について

住所
〒630-8392 奈良県奈良市中院町11番地
TEL:0742-23-1377 FAX:0742-23-1378
拝観時間
AM9:00~PM5:00(ただし入門はPM4:30まで)
拝観料
大人500円(秋季特別展期間中600円)
中学生/高校生300円
小学生100円
20名以上団体400円(秋季特別展期間中540円)
身障者それぞれ半額
※境内は飲食禁止です

元興寺の仏像

木造阿弥陀如来坐像(禅定院多宝塔本尊)

重要文化財 平安時代木造

元興寺に残る仏像の中でもっとも大きなもので、高さ157.3cm(反丈六と呼ばれるサイズ)のものです。頭と体幹をケヤキの一木造り、膝から前の部分は別の材で作って接合している。肩が大きく張り気味で、大きな肉髻とあいまって、全体的にどっしりとした風格を醸し出している。阿弥陀如来ははるか西のかなたの極楽浄土で現在も説法を続けているとされ、無量寿仏・無量光仏とも呼ばれます。一般に、瞑想の姿(定印)、初天法輪の姿(説法印)、通説法の姿(来迎印)の3形式があり、本像は両手とも第1指と第2指を稔じて下生の印とした来迎相、すなわち上品下生の姿の半丈六像です。阿弥陀如来は人々を極楽浄土に迎えるとき信仰の深さ(品)と善行の数(生)により9段階に分けて対応し、上品下生はランク3に該当します。

木造聖徳太子立像(十六才孝養像)

重要文化財 鎌倉時代

元興寺は聖徳太子への信仰が盛行し、南都の律僧達が極楽坊をその拠点としたことが太子像造立の契機でした。本像は孝養像と呼ばれるもので、角髪(日本の上古における貴族男性の髪型)を結い、靴を履いて柄香炉を持つ立像で、太子16歳の時、父用明天皇の病気平癒を祈る姿だといいます。1268年、仏師善春等によって作られ、眼清ら僧俗約5千人による勧進結縁 で出来あがった事情が像内納入品によって明らかにされています。1272年の太子生誕650年を記念して造立されたとおもわれます。

木造弘法大師坐像

重要文化財 鎌倉時代

元興寺は泰範や仲継、護命僧正など空海と関係の深い学僧がいました。空海は唐・青龍寺に留学して恵果阿闍梨から密教を相承して第8祖となりましたが、平安時代後期には真言宗宗祖として信仰されはじめ、鎌倉期の400年遠忌から単独の祖師像が造立されるようになります。木造弘法大師坐像は法輪館に安置されています。

元興寺の瓦

極楽堂と、その奥に立つ禅室の屋根には、飛鳥時代から使用されている日本最古の瓦(右)と古い瓦(左)とが隣り合わせで葺かれています。

 

 

元興寺周辺には昔ながらの町屋が並び、見どころもたくさんあります。奈良町資料館(私設)、地元の方に愛される庚申堂、石仏龕が安置されている十輪院などは是非訪れてみたい場所です。ゆっくりと奈良町を見て歩きたいです。

灯篭が凄い「春日大社」と「春日山原始林」~世界遺産「古都奈良の文化財」

春日大社

全国に約3,000社あるという春日大社の総本社。768年、平城京の守護と国民の繁栄を祈願するために創建された神社です。 以来、皇室から庶民まで幅広く信仰され、2018年、創建1250年を迎えました。本社に朱塗りの社殿が立ち並ぶほか、さまざまなご利益をいただける神社が森の中に点在しています。1998年、古都奈良の文化財として春日大社と春日山原始林が世界遺産として登録されました。

 春日大社基本情報

開門時間
3月~10月 6:30~17:30
11月~2月 7:00~17:00
本殿前特別参拝 9:00~16:00
  • 3月8日頃~3月13日、12月20日~1月7日、成人の日は終日拝観できません。
  • 毎月1日、11日、21日及び節分の日、2月17日、3月14日、3月15日、春分の日、4月3日、5月第3金曜日、5月5日、5月10日、8月7日、8月15日、秋分の日、10月9日、11月3日、11月23日、12月17日の午前中は拝観できません。
    (祭典都合により時間が前後する場合があります)

上記以外に臨時の祭典等により拝観できないことがあります。

拝観料(税込)
本殿前特別参拝: 初穂料500円
駐車場
バス・乗用車合わせて100台駐車可能
開場時間は
3月~10月 7:30~17:00
11月~2月 7:30~16:00
◎駐車料金 バ ス 3000円 乗用車 1000円
  バス回送 1000円 バイク 300円

住所:奈良市春日野町160
お問合せ:TEL(0742)22-7788/FAX(0742)27-2114

春日大社 見どころ

中門・御廊(ちゅうもん・おろう)

中門は御本殿の直前に立つ高さ約10mの楼門で、中門正面の唐破風(からはふう)は明治時代に取り付けられました。御廊はその左右に延びる約13mの鳥が翼を広げたような細長い建物です。

藤浪之屋(ふじなみのや)

屋内の数多くの灯篭は2月の節分、8月14日・15日の年3回、浄火をともします。この春日万燈籠を再現しようと、江戸時代まで神職の詰所であった藤波之屋が開放されました。

本殿

春日造の4棟が横一列に並び、第一殿からそれぞれ武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)が祀られています。

萬葉植物園

約3万㎡の敷地に「万葉集」に詠まれている約300種の植物を栽培。園内の池には鯉が泳ぎ、4月下旬から5月上旬には20種200本の藤の花が咲きます。

開門時間
3月~11月 9:00~17:00(入園は16:30まで)
12月~2月 9:00~16:30(入園は16:00まで)
(諸行事により変更になる場合があります)
拝観料(税込)
大人 :500円/小人:250円
団体一般/400円
※大学生以下の団体料金設定はありません

国宝殿

春日大社は国宝352点、重要文化財971点を含む膨大な社宝を伝える文化財の宝庫です。国宝殿はそれらを時期別に展示するため、2016年にオープンしました。国宝殿1階には、カフェ・ショップ鹿音(KAON)が併設されていて、可愛いミュージアムグッズも販売しています。

開門時間
10:00~17:00(入館は16:30まで)

拝観料(税込) 
一般:500円/大学生・高校生:300円/中学生・小学生:200円
団体一般/400円
※大学生以下の団体料金設定はありません

夫婦大国社

本社の南にあり、ご夫婦の大國様(大國主命と須勢理姫命)をお祀りしている御社で、夫婦円満・家内安全・縁結びの神様としても有名です。縁結びのご神徳を戴こうと、「ハート絵馬」を納める人も数多く見られます。開門時間は9:00~16:30です。

春日荷茶屋(かすがにないぢゃや)

萬葉植物園の入り口前にある庭園喫茶です。名物は「万葉粥」で、具の内容は月替わりで万葉集にちなんだ野菜などが使われます。

春日山原始林

春日山は春日大社の神山として信仰の場であり、1000年以上も伐採が禁じられていたため、原始性を保ってきました。カシ、シイ類などの常緑広葉樹を主とした暖帯林を代表とし、温帯性、寒帯性の樹木も混生し800余種からなる多様な植物が育っています。また、モリアオガエル、ヒメハルゼミ、カスミサンショウウオなど珍しい動物が豊富に生息しています。都市近郊に接し原始性と特異な林相、学術的価値の高いことから、昭和30年に特別天然記念物に指定され、平成10年には世界遺産に登録されました。
※春日山原始林は、厳密な意味での原始林ではなく、或る程度人工の手が加えられてきた経緯があります。

よみがえった中金堂のある興福寺~世界遺産「古都奈良の文化財」

興福寺について

興福寺は法相宗の大本山と知られ、阿修羅像をはじめ数多くの国宝の仏像を所有し、建物の大半も国宝や重要文化財に指定され、国宝、重要文化財を日本一保有している寺院として知られています。710年平城遷都の際、藤原不比等の計画により創建、天皇や皇后、また藤原氏の人々の手によって保護され、そして栄えていきました。一方たびたび火災にあい伽藍を焼失しましたが、都度奈良時代の様式で再建されてきたため今も天平の面影を留めています。

 

興福寺 基本情報

奈良公園 興福寺 拝観料

【国宝館】
拝観時間
9:00~17:00(入館は16:45まで)
年中無休
拝観料
個人 :大人・大学生700円 中高生600円 小学生300円
団体30名以上 :大人・大学生600円 中高生500円 小学生200円
身障者 :大人・大学生350円 中高生300円 小学生150円
※身障者手帳を提示された場合(コピーは不可):ご本人様と介添1名まで半額。
※減免申請については直接国宝館へお問い合わせください。
※奈良市老春手帳(ななまるカード)のご提示で無料。
国宝館お問い合わせ → 0742-22-5370
【国宝館・東金堂連帯共通券】
拝観料
個人 :大人・大学生900円  中高生700円 小学生350円
(共通券の販売は16:00まで)
【東金堂】
拝観時間
9:00~17:00(入堂は16:45まで)
年中無休
拝観料
個人 :大人・大学生300円 中高生200円 小学生100円
 団体30名以上 :大人・大学生250円 中高生150円 小学生90円
 身障者 :大人・大学生150円 中高生100円 小学生50円
※身障者手帳を提示された場合(コピーは不可):ご本人様と介添1名まで半額。
※奈良市老春手帳(ななまるカード)のご提示で無料。
東金堂お問い合わせ → 0742-22-7781

興福寺の見どころ

中金堂

世界遺産の興福寺で中核施設の中金堂が奈良時代の様式、規模を踏襲して約300年ぶりに再建され、2018年10月から公開が始まっています(これまでは江戸時代の仮金堂でした)。木造建築としては屈指の大きさで、幅約37m、奥行き約23m、高さ約21mもあります。今回の再建は礎石などの史跡整備費用に国の補助はありましたが、中金堂は宗教施設に当たるため、約60億円全額を寄付などで集めるなどして、寺が工面しました。

興福寺 中金堂 本尊

中金堂の本尊は金色に輝く釈迦如来坐像。左右に脇侍の木造薬王菩薩・薬上菩薩立像が立ち、南円堂にあった木造四天王立像が周囲を固めています。

興福寺中金堂法相柱

法相柱は高さ10メートル、直径77センチ程度で、無著・世親から鎌倉時代を下限に法相の教えを確立・発展させてきた14人の祖師を、畠中光享画伯が華やかな天平時代の雰囲気を彷彿とさせる鮮やかな「群青」を背景に描いたものです。

興福寺 中金堂 その他

興福寺中金堂の材木は国産では賄えず、アフリカやカナダの大木を使用しています。また、瓦の数は7万枚で、世界各国から寄贈されました。

興福寺 国宝館

僧侶が食事をする食堂の跡地に1959年開館しました。外観は食堂・細殿の復元で、興福寺の名だたる寺宝を収蔵する宝物館です。数多くの国宝が安置されています。

阿修羅立像

阿修羅は帝釈天と戦いを繰り返すインドの暴悪神でしたが、釈迦に諭され改心したとされます。表情の異なる3つの顔は、悟りに至るまでの境地を表していると言われます。正面の顔は迷いを脱して悟りに達したようなひたむきな表情、右向きの顔は怒りに耐えているようでいて過去を悔いているようにも見える表情、左向きの顔は迷いの表情をしています。

八部衆 阿修羅は仏教を守る八部衆のひとり。八部衆は古代インドの神々が仏教に取り入れられたもので、国宝館には8体総てが揃っています。

千手観音立像

旧食堂の本尊で、館内の中心に祀られています。千手観音はあらゆる方法で人々を救済してくれる仏様です。

銅像仏頭

白鳳期に山田寺の一尊として造られ、鎌倉期に興福寺に迎えられましたが火災により胴体を焼失し、胴体だけが残り、白鳳彫刻の傑作として現在に至ります。

金剛力士立像

口を開けた阿形、閉じた吽形が対になる金剛力士は仁王とも呼ばれ、通常は門の左右に安置されます。

龍燈鬼立像

四天王に踏みつけられる邪気を独立させたユニークな像です。

興福寺 南円堂

江戸時代再建の日本最大の木造八角円堂です。堂内には本尊本尊不空羂索観音菩薩坐像と、四天王立像、法相六祖坐像が安置されています。

興福寺 北円堂

鎌倉初期の再建で、奈良時代の様式を随所に残しています。日本で最も美しい八角円堂とも言われています。堂内には無著・世親菩薩立像などが安置されていて、4月下旬から5月上旬と、10月下旬から11月上旬に特別開扉されます。

興福寺 五重塔

730年に光明皇后が建立。以降5階の焼失と再建を繰り返し、現存するのは室町時代再建のものです。高さ約50mで、国内に現存する五重塔で京都の東寺に次いで2番目に高く、奈良のシンボル的存在となっています。夜にはライトアップされ、暗闇に浮かぶ名塔はとても幻想的です。

興福寺その他

興福寺中金堂が2018年に再建され、北円堂の基壇から東を向くと中金堂・東金堂・五重塔が横一列に並んで見えます。この景色も見どころの一つと言えるでしょう。

奈良の大仏様がいる「東大寺」~世界遺産「古都奈良の文化財」

東大寺

 

正式名称は「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」といい、奈良時代に栄えた仏教の6つの宗派「南都六宗」のうち、華厳宗の大本山です。大仏殿は世界最大級の木造建築物で、聖武天皇の発願により743年盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)造立の詔を発令し、その大仏を安置する寺として751年に完成。以降次々と堂塔が建築され40年近くかかって伽藍が整いました。都が長岡へ移ったあとも歴代天皇の手厚い保護を受けて、興福寺とともに栄華を誇りました。2度の焼失により大部分が補修されています。現在の伽藍の多くは江戸時代に再興されたものです。

南大門、法華堂、鐘楼、金堂(大仏殿)、開山堂、転害門、本坊経庫の国宝7棟を含む、13棟が構成資産となっています。

基本情報

住所
〒630-8587 奈良市雑司町406-1
問合せ
TEL:0742-22-5511/FAX:0742-22-0808
休業日
無休
拝観・入館
料金(個人)
大人:600円 子供:300円
料金(団体)
一般団体(30名以上):550円
大学・専門学校生団体(30名以上):550円
高校生団体(30名以上、但し教職員は無料):500円
中学生団体(30名以上、但し教職員は無料):400円
小学生団体(30名以上、但し教職員は無料):200円
身障者割引
障害者手帳持参で大人300円、小学生150円
介添の方1人、同上
高齢者割引
老春手帳持参で無料
その他
料金は、大仏殿・法華堂・戒壇堂でそれぞれ必要です。
時間
11月~3月:午前8:00~午後5:00
4月~10月:午前7:30~午後5:30

リンク 東大寺公式ホームページhttp://www.todaiji.or.jp/

年中行事

除夜の鐘 1月1日午前0時~
先着順に8名づつ程の組になって綱をひきます。鐘は108回なので、800人余りの人が参加できますが、東大寺では人数分の記念の印刷物(整理券の代わり)が用意され、これを配布し終わると順番待ちの行列の最後尾となります。この印刷物は、12月31日の22時半頃配布を始め(配布時間は人の出具合を見て決める為、前後する可能性有り)整理券を手に入れても、列から離れて終了後に戻ってきた人は撞くことができませんので注意が必要です。
初詣 1月1日
元旦の0時より大仏殿中門が開扉され、1日の8時まで無料で参拝できます(元旦のみ)。また、大仏殿正面の桟唐戸が開かれ、そこから大仏さまのお顔を参拝することができます(これは8月15日の万灯供養会の夜とこの日の、年2回だけ)。
修正会 1月7日13:00~
「修正会」は、正月に祈修する法会(ほうえ)という意味で、前年を反省して悪を正し、新年の国家安泰、五穀豊穣などを祈願するものです。法要は13時から約1時間40分。予め大仏殿内の霊名所というところで申し込んでおくと(1件1000円、年末から受付)、この法要で祈願されたお札を送ってもらうことができます。
節分行事 2月節分の日
14時頃、本堂内での法要の後、二月堂の舞台の上から豆まきが行われます。その後、二月堂下の法華堂前広場に設置された特設の舞台から豆や鈴がまかれ、参拝者はこの広場で受けることができます。
修二会(しゅにえ) 3月1日~15日
修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と言い、われわれが日常に犯しているさまざまな過ちを、二月堂の本尊である十一面観世音菩薩の宝前で、懺悔(さんげ)することを意味します。
聖武天皇祭 5月2日13:00~
756年 56歳で崩御された聖武天皇の御忌法要で、8時から聖武天皇が祀られている天皇殿で論議法要が行われます。
万灯供養会 8月15日19:00~22:00
盂蘭盆(うらぼん)の最終日、8月15日の夜、大仏さまにたくさんの灯籠をお供えして、万灯供養会がとりおこなわれます。大仏殿の万灯供養会は、お盆に帰省できない方々にもせめて御先祖の供養をしていただけるようにという趣旨で、昭和60年から始まりました。

秘仏開扉

・7月5日俊乗忌法要終了後(11時頃~16時頃まで/有料)

俊乗堂において俊乗房重源上人坐像(国宝)阿弥陀如来立像(重文)愛染明王坐像(重文)
・10月5日転害会終了後(10時頃~16時頃まで/有料)

勧進所八幡殿において僧形八幡神坐像(秘仏・国宝)、あわせて、勧進所阿弥陀堂の「五劫思惟阿弥陀坐像」及び、公慶堂の「公慶上人坐像」も拝観可能

・10月5日八幡殿での法要終了後(10時頃~16時まで/有料)

公慶堂において公慶上人坐像(重文)

・12月16日開山堂月例寺役法要終了後(10時頃~16時頃まで/有料)

 

開山堂において良弁僧正坐像 (秘仏・国宝)

 

・12月16日10時前~16時(入堂料:有料)

法華堂において執金剛神立像(秘仏・国宝)

・12月16日 9時~16時(入堂料:有料)

俊乗堂において俊乗房重源上人坐像(国宝)愛染明王坐像(重文)阿弥陀如来立像(重文)

東大寺の国宝

南大門

東大寺の正門です。高さ約25.5mあり、現在の建物は鎌倉時代の再建。門の左右には運慶が快慶ら一門を率いわずか69日で完成させたという金剛力士像が立ちます。また、扁額に記された「大華厳寺」の文字は正倉院に残る聖武天皇直筆の文書から文字を集めて写したものだそうです。

二月堂

お水取り(修二会)が行われる縣造りのお堂です。お水取り(修二会)は旧暦の2月に行われていたためこの名前で呼ばれるようになりました。境内東方の山裾に立ち、西に張り出した舞台からは奈良市が一望できます。

法華堂(三月堂)

東大寺の現存最古の建物です。もとは寄棟造りの正堂と礼堂が軒を接して建つ配置でしたが、鎌倉時代、礼堂を入母屋造りに改築して2棟をつなぎ、一棟にしたものです。時代の異なる建築が高い技術によって結ばれ、調和の取れた美しい姿を見せています。本尊の不空羂索観音像はじめ、堂内に安置されている10体の仏像はすべて奈良時代のものです。

金堂(大仏殿)

大仏を安置する東大寺の金堂(本堂)で、世界最大級の木造古建築です。創建以来2度焼失し、現在の建物は江戸時代中期再建のものです。このとき正面幅が創建時の3分の2に縮小されましたが、それでも幅約57m、奥行き約50m、高さ約48mもあります。

転害門

境内西北、正倉院の西側にあり、三間一戸八脚門の形式をもつ堂々とした門です。2回の戦火にも焼け残った寺内で数少ない建物で、天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる大変貴重な存在となっています。鎌倉時代に修理されていますが、基本的には奈良時代の建物です。

鐘楼 

東大寺の鐘楼は大仏殿と二月堂のほぼ中間地点にあります。吊られている梵鐘は国宝で大仏開眼と同年の752年の製作で、中世以前の梵鐘としては最大のもの(高385センチ、口径271センチ)です。現在の鐘楼は、重源上人に次いで大勧進職に就いた栄西が再建したものです。

開山堂 

東大寺の初代別当良弁僧正の像を祀るため、良弁堂ともよばれます。内陣の中央に八角造の厨子がすえられ、良弁僧正像が安置されています。通常は中へは入れませんが、良弁忌の12月16日のみ良弁像が秘仏開扉され、拝観することができます。

本坊経庫 

東大寺の校倉は3棟現存し、その中で規模が大きく保存状態も良好で、奈良時代東大寺の校倉建築を代表する建造物として貴重なものと言えます。もともと食堂跡北、上司にあった油倉を、東南院(元本坊)に移築したもので、東南院廃絶後に本坊経庫と呼ばれるようになりました。本坊経庫は通常非公開ですが、毎年5月2日の聖武天皇祭には外観の拝観が可能とのことです。

 

【法華堂(三月堂)】執金剛神立像 

東大寺法華堂の北隅の厨子に収められています。保存状態が非常に良く、奈良時代の彫刻の代表の一つとなっています。執金剛神は金剛力士が単独でまつられたもので、金剛杵を持ち、甲冑に身を固めています。作例は少なく、そういう意味でも貴重な存在と言えるでしょう。

【開山堂】良弁僧正坐像

開山堂に安置され、良弁忌の法要終了後、拝観することができます。

【俊乗堂】重源上人坐像 

重源は鎌倉時代の僧で、源平の争乱で焼失した東大寺を再建するために全国を巡って寄付を集めました。重源の死後その菩提を弔うためにこの像が造立されたと言われています。


【法華堂(三月堂)】梵天・帝釈天立像 

三月堂須弥檀の左右後方に安置されています。向かって右が梵天、左が帝釈天です。梵天が鎧をつけ、帝釈天のほうは鎧をつけていませんが、これは通例とは逆になっています。

【法華堂(三月堂)】不空羂索観音立像

法華堂に安置されています。八本の腕を持ち、合掌する両掌の間に水晶玉を挟み、銀製の宝冠には真珠や水晶などの宝石類が2万個以上もちりばめられ、頭上の天井には、蓮華型の天蓋が取り付けられています。

【法華堂(三月堂)】四天王立像

四方を守る守護神として、東大寺法華堂を守り続けています。

【法華堂(三月堂)】金剛力士立像

金剛力士像は、半裸で表現される場合と、甲をまとって表現されますが、法華堂の力士像は鎧をまとっています。

【法華堂(三月堂)】日光・月光立像 

本尊を祀る八角基壇の左右に安置され、向かって右が日光仏、左が月光仏です。

【戒壇堂】四天王立像

戒壇堂の四隅を守っています。

【南大門】金剛力士立像

南大門に立つこの像は運慶・快慶らの仏師による制作で、見上げた時に迫力が出るよう計算されています。

【奈良国立博物館】誕生釈迦仏立像及び灌仏盤

【八幡殿】僧形八幡神坐像

【金堂(大仏殿)】盧舎那仏坐像

高さ約15mの世界最大級の銅造の仏像です。奈良時代の造立時にはのべ約260万人が携わり(当時の国民の約半数)約500tもの銅が使われたといいます。平安時代末期と戦国時代に焼失し、大部分が修復されていますが、蓮華座には造立時のものが残り、細い線で無数の仏が刻まれています。2015年の調査で螺髪(頭のぶつぶつで、知恵の象徴)の数は492個であることがわかりました。盧舎那仏は宇宙そのものという仏で、世界に慈悲の光を照らし人々を悟りに導くとされます。

 

※大仏殿内東北の柱の一本には、大仏様の鼻の孔と同じ大きさの謎の穴が開いているといいます。そこをくぐりぬけることができれば厄除けになると言われています。

東大寺ミュージアム

東大寺の膨大な寺宝を収蔵・展示しています。

入館料
大人(大学生以上)600円(550円)
高校生600円(500円)
中学生600円(400円)
小学生300円(200円)
※( )は30名以上の団体料金です。
開館時間
4月~10月9時30分から17時30分
11月~3月9時30分から17時00分
※入館は閉館時間の30分前まで
休館日
なし(臨時休館日あり)

世界遺産(文化遺産)№7「古都奈良の文化財」

「古都奈良の文化財」の世界遺産登録基準(平成10年記載)

登録基準(2)(3)(4)(6)
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
具体的には、
(2) 古都奈良の文化財は日本建築と日本美術の進化のひときわ優れた証拠性を有しており、それらは中国と朝鮮との文化的つながりの結果であり後世の発展に重要な影響を与えることになった。
(3) 奈良の建築遺産は、奈良が首都であった時代に開花した日本文化の唯一の証左である。
(4) 奈良における皇室宮殿の配置と現存文化財の設計は、初期アジアの首都群の建築と都市設計に関するきわだった例である。
(6) 奈良の仏教寺院と神社は、ひときわ優れた形で宗教の連続的な力と影響を証明する。
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 古都奈良の文化財

奈良は、710年から784年まで日本の首都であり、政治・経済・文化の中心として栄えました。この時代に中国(唐)との交流を通して日本文化の原型が形成され、首都が京都へ移った後も、大社寺を中心とした地域が宗教都市として存続し、繁栄しました。これらの文化遺産には宮跡・寺院・神社があります。世界遺産としての「古都奈良の文化財」には、以下のものがあります。

東大寺

〒630-8211 奈良県奈良市雑司町406−1

東大寺は、724年に即位し仏教を深く信仰した聖武天皇の発願で建立されました。743年に聖武天皇が盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)造立の詔を発令し、その大仏を安置する寺として751年に金堂(大仏殿)が完成、翌年には大仏が開眼し、奈良時代末までに大仏殿を中心とする大伽藍が築かれました。都が長岡へ移ったあとも歴代天皇の手厚い保護を受けて、興福寺とともに栄華を誇りました。その後平安末期と戦国時代の2度の戦乱に巻き込まれ、いずれも復興を遂げ、現在の伽藍の多くは江戸時代に再興されたものです。

興福寺

〒630-8213 奈良市登大路町48

興福寺は、前身の寺院が699年に創立されたのを起源とします。710年平城遷都に伴って藤原不比等により創建され、藤原氏とともに栄えました。藤原氏の氏寺ですが、主要堂塔の建立の発願は天皇や皇后によるものが多数をしめます。これは藤原氏と朝廷との密接な関係を示すもので、造営工事も朝廷の直営で行われました。たびたび火災にあって伽藍を焼失してきましたが、都度奈良時代の様式で再建されてきました。

春日大社境内

〒630-8212 奈良市春日野町160

春日大社の創立は、社伝では768年と伝えられますが、実際には奈良時代初めに遡ると考えられています。古くから神の降臨する山として神聖視されていた春日山・御蓋山の西麓に、藤原氏の氏神を祀ったもので、藤原氏や朝廷の崇敬を受けて繁栄しました。

春日山原始林

奈良市春日野町ほか

春日大社の東方に広がる、総面積約250haの春日山は大社の神山として841年に狩猟と伐採が禁止されたため、現在まで原始林が保たれてきました。明治になって国有地となり、奈良公園に編入された後、春日山原始林として1924年に天然記念物に、1955年には特別天然記念物に指定されました。また1998年には世界遺産にも登録されました

元興寺

〒630-8392 奈良市中院町11

前身は6世紀末蘇我馬子によって開かれた日本初の本格的寺院、法興寺(飛鳥寺)でしたが、平城遷都に伴い718年に現在地に移設され、元興寺と改められました。かつては南都七大寺の一つとして威勢を振い、現在の奈良市街の南東部を占めていました。寺域には、金堂・講堂・塔・僧房などが立ち並んでいましたが、現在では僧坊の一画が唯一現存しています。極楽坊はかつての元興寺僧坊の一部で、鎌倉時代に極楽堂と禅室に改築されました。境内からは無数の石仏と民俗資料が発見されて、法輪館には奈良時代の木造五重小塔・木造阿弥陀如来坐像・智光曼陀羅図・庶民信仰資料などが多数保存されています。

薬師寺

〒630-8563 奈良市西ノ京町457

薬師寺は680年に天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈り藤原京にて創建され、718年に藤原京から平城京に移されました。移転については、伽藍、仏像を全部そのまま移したという説と、寺院の名籍だけを移し、伽藍や仏像は新しく造立したという説があります。幾度かの火災にあって次々と焼失し、創建当時の姿を残すのは東塔のみです。しかし、昭和から平成にかけて西塔や中門、回廊、玄奘三蔵院伽藍、大講堂が落慶し、今も白鳳伽藍の復興を目指して再建が進められています。

唐招提寺

〒630-8032 奈良市五条町13-46

唐招提寺は、聖武天皇の招きに応じ、苦難の末、日本にやってきた唐僧・鑑真が戒律を学ぶための寺として759年に故新田部親王(天武天皇の第七皇子)の旧宅を賜り、そこを「唐律招提」と称し、戒院として教学の場を営むことになりました。教義上、立派な伽藍よりも、住むに足るだけの僧坊・食堂と、仏法を講じる講堂が何をおいても必要であったことから、これらの建物が最初に建てられ、鑑真の没後、奈良時代末に金堂が完成し、810年には五重塔が建立され、順次伽藍が整いました。平安時代初頭に伽藍全体が完成し、そのころ「唐律招提」から「唐招提寺」となりました。

平城宮跡

〒630-8577 奈良市佐紀町

710年、遷都により壮大な都市計画のもと、かつてない規模で道路・市街地・宮殿・寺院などが造営され、794年の平安京遷都後も寺社の多くは旧都に残されました。東西1.3km、南北1km、面積130haの内部には国の政治や儀式を執り行う大極殿・朝堂院、天皇の居所である内裏、行政機関である各役所などがありました。当時の宮殿や役所などの木造建築の遺構は今でも地下に良好に保存されています。

奈良の地形

奈良が都となっていたころ、奈良盆地には大きな湿地湖が広がっていました。大和川は奈良盆地から大阪湾に流れ出ていました(現在は人口の水路により堺市へ流れています)。そして、大阪平野の奥まで海と川が混じる湿地帯が広がっていました(大阪平野は当時は湿地帯だったようです)。中国大陸から生駒山麓まで船で簡単に移動ができる便利の良い土地だったようです。しかし、大和川流域は資源が少なく、人が増えると、この小さな奈良盆地の水と森林では支えきれるものではありませんでした。森林がの木が少なくなるとともに山は荒廃し、それに伴うように都は奈良から京都へ移っていったようです。(『日本史の謎は「地形」で解ける』より抜粋)