ヘリテージ~受け継ぐべきもの

日本の宝を未来に遺すために今すべきこととは

アフィリエイト広告を利用しています

県内最大級のグスク「今帰仁城跡」

今帰仁城(なきじんじょう跡(琉球王国のグスク及び関連遺産群)

沖縄本島の北部、本部半島にあり、那覇市から車で約1時間30分の距離です。

今帰仁城跡管理事務所
〒905-0428
沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊5101番地
TEL・FAX:0980-56-4400

基本情報

時間:今帰仁城跡と歴史文化センターの共通券
通常期間(1~4、9~12月):午前8時~午後6時(最終入場午後5時30分)
夏期延長期間(5~8月):午前8時~午後7時(最終入場午後6時30分)
年中無休 ※但し、予告無く館内燻蒸、施設管理等により、一部施設を閉館する場合もあります。
駐車場
無料(約320台収容)
観覧料( 団体は10名以上)
大人 個人 400円・団体320円/小中高生個人 300円・団体240円/小学生未満:無料
※観覧料は今帰仁城跡と歴史文化センターの共通券です

今帰仁城跡チェックポイント

今帰仁城は14世紀に琉球王国が、北山(ほくざん)、中山(ちゅうざん)、南山(なんざん)の3つの地域に分かれて勢力争いをしていた三山時代(さんざんじだい)の北山王の居城だったので、北山城とも呼ばれています。直線的な日本の城壁とは異なり、中国の影響を受けていると考えられています。県内最大級の城(グスク)です。

長く低い「城壁」

城壁は全長1.5キロあり、複雑に曲がりくねっています。

平郎門

平郎門は今帰仁グスクの入り口になっていて、昔の本門です。現在見る門は昭和37年の琉球政府時代に修復されました。ここを入るとまっすぐの道がありますが、右に折れると旧道があります。

大隅(ウーシミ

平郎門を入ると、すぐ左手に大隅の入り口があります。戦いに備えて馬を養い、訓練した場所と思われます。

カーザフ(水のある谷)

平郎門を抜け、階段を登ると右手に、自然の険しい谷間が見えます。カーは「川や湧泉」、ザフは「迫(谷間)」を意味します。かつては水が湧いていたのかもしれません。

旧道

平郎門から入って右手には大きな岩盤の谷間を利用し、幅は狭く急なのぼり道となっています。これは、万一敵兵が入り込んでも、一気攻め込んでくるのを防ぐため工夫された造りとなっています。

大庭(ウーミャ)

平郎門をまっすぐ行くと階段があり、階段を登り切ると、大庭(ウーミャ)に出ます。大庭(ウーミャ)は、行事や祭祀を行う広場でした。大庭に入ってすぐ左に、詠み人知らずの琉歌が刻まれた歌碑があります。

御内原(ウーチバル)

今帰仁城跡に仕えた女官の生活の場所と伝えられ、城内でも神聖な場所とされています。ここは絶景スポットとして有名で、北側から海を一望することができます。

主郭

日本の城郭の本丸にあたる部分で、城内で最も中心的な建物があった場所です。

志慶真門郭(しげまじょうかく)

主郭から見下ろす位置にあり、発掘調査によって4つの建物があったことが分かっています。

今帰仁城跡のカンヒザクラ

今帰仁城跡は日本一早く咲く「桜の名所」として知られ、毎年1月~2月には桜祭りが行われています。桜は昭和40年代に今泊区民によって植樹されました。

歴史文化センター

今帰仁城跡(なきじんじょうあと)に隣接した施設で、今帰仁城跡をはじめ今帰仁村の歴史と文化を紹介しています。

3F 第1展示室
今帰仁の歴史
2F 第2展示室
今帰仁のムラ・シマ
2F 第3展示室
今帰仁の生活と文化
1F 第4展示室
今帰仁の遺跡

今帰仁村について

私が今帰仁という地名を知ったのは「今帰仁スイカ」からでした。何と読むのかわからなく、調べてみると地名だとわかりました。季節外れのスイカに魅せられて調べた地名でしたが、それ以来忘れられない地名となりました。村の公式サイトを見てみると「今帰仁村の名産」にスイカ・マンゴー・今帰仁アグー(養豚)・エノキタケ・モズクどれも私の好物ばかり。そして「今帰仁ブランド」を見てみると、これまた美味しそうなものばかり。美味しい沖縄料理を味わえるお店もたくさんあるらしい。行ってみたい、食べてみたい。今帰仁を調べたあの日以来、今帰仁村は私の中で美味しいものを食べることのできる場所となっているのです。ちなみに今帰仁スイカはとてもおいしかった。